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相続放棄の起算となる開始日を争った裁判

【裁判】
事件番号:平成30(受)1626
事件名:執行文付与に対する異議事件
裁判年月日:令和元年8月9日
法廷名:最高裁判所第二小法廷
裁判種別:判決
結果:破棄


【訴訟経緯】
自己が認知していない債権を相続したケースにおいて、その相続放棄が可能となる民法916条「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」の相続開始日が何時の時点かを争った裁判。

■詳細
・平成24年6月7日、X銀行は、Y株式会社に対して貸金等の支払を求めるとともに、A外4名に対し、上記貸金等に係る連帯保証債務の履行として各8000万円の支払を求める訴訟を提起した
・その後、X銀行の請求をいずれも認容する判決が言い渡され、同判決は確定した
・平成24年6月30日、Aは、他界した
・平成25年6月、相続放棄により、Aの相続人は、B(Aの弟)とその他1名となった
・平成24年10月19日、Bは、自己がAの相続人となったことを知らず、Aからの相続について相続放棄の申述をすることなく他界した
・Bの相続人は、Bの妻及び子である被上告人と外1名であった
・被上告人は、同日頃、Bの相続人となったことを知った(Aの相続人であることはこの時点で認知していない)
・平成27年6月、X銀行は、上告人に対し、本件確定判決に係る債権を譲渡した
・平成27年11月2日、上告人が、被上告人に対して本件債務名義に係る請求権につき、32分の1の額の範囲で強制執行することができる旨の承継執行文の付与を行った
・平成27年11月11日、被上告人は、上記承継執行文の謄本等の送達を受け、被上告人は、BからAの相続人としての地位を承継していた事実を知った
・平成28年2月5日、被上告人は、Aからの相続について相続放棄の申述をし、同月12日、この申述は受理された
本件は、被上告人が、上告人に対し、本件相続放棄を異議の事由として、執行文の付与された本件債務名義に基づく被上告人に対する強制執行を許さないことを求める執行文付与に対する異議の訴えである。
※判決文より経緯を抜粋


【判決】
原判決を破棄、 上告人の控訴を棄却。


【判決趣旨】
民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。
※判決文一部抜粋


【理由】
前記事実関係等によれば、被上告人は、平成27年11月11日の本件送達により、BからAの相続人としての地位を自己が承継した事実を知ったというのであるから、Aからの相続に係る被上告人の熟慮期間は、本件送達の時から起算される。そうすると、平成28年2月5日に申述がされた本件相続放棄は、熟慮期間内にされたものとして有効である。
※判決文一部抜粋


■ポイント
この裁判を理解するには民法916条と民法915条を知っておく必要があります。

■第916条
「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。」
※前条第1項の期間=民法915条

■第915条
1.相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2.相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

今回の裁判では、915条の「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」と916条の「相続の開始があったことを知った時から起算する」、この2点の解釈を争った裁判となります。


【最後に】
以前も書きましたが、最高裁の判例では、訴えに関わる「法文の解釈」、つまり、「その法文はどの様な意図を基に制定されたのか」まで追及して争われることが多いものです。
それを踏まえ、訴えの状況を加味し判断されます。最高裁の判決が法令を変えるといわれるのはこの為です。時代とともに状況や人々の在り方・生活は変化していくものですので、その状況に応じて判断も変わってきます。そういった点から判例を読み解くと、また違った見え方が出来ると言えます。