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普通郵便による遺留分減殺請求は有効かを求めた裁判

【裁判】
事件番号:平成9(オ)685
事件名:遺留分減殺、土地建物所有権確認
裁判年月日:平成10年6月11日
法廷名:最高裁判所第一小法廷
裁判種別:判決
結果:破棄差戻


【訴訟経緯】
普通郵便による遺産分割協議の申し入れは、遺留分減殺請求の通達手段として、有効どうかを求めた裁判。

■具体的背景
・被相続人であるDは平成5年11月10日に亡くなった。
・Dの相続人は、実子である上告人らと、同年3月11日に養子縁組を行った被上告人である。
・Dは昭和63年7月20日付け公正証書遺言を以って、Dの全財産を被上告人に遺贈する遺言書を残していた。
・平成6年2月9日、上告人らはDの遺言執行者から公正証書遺言の写しを受け、減殺すべき遺贈があった事を知る。
・平成6年9月14日、上告人らの代理人であるA弁護士は、被上告人に対し、「貴殿のご意向に沿って分割協議をすることにいたしました。」と記載した同日付けの普通郵便を送付し、被上告人は、その数日以内にこれを受領。
(被上告人は、第一審において、本件普通郵便が遺産分割協議を申し入れる趣旨のものであることを認めている)
・本件普通郵便を受領後、被上告人はB弁護士のもとを訪れ、遺留分減殺請求について説明を受けた。
・平成6年10月28日、上告人らの代理人であるA弁護士は、被上告人に対し、遺留分減殺の意思表示を記載した内容証明郵便を発送したが、被上告人が不在のため配達されなかった。
・被上告人は、不在配達通知書の記載により、A弁護士から書留郵便が送付されたことを知ったが、仕事が多忙であるとして受領に赴かなかった。そのため、本件内容証明郵便は、留置期間の経過によりA弁護士に返送された。
・平成6年11月7日、被上告人は、A弁護士に対し、多忙のために右郵便物を受け取ることができないでいる旨及び遺産分割をするつもりはない旨を記載した書面を郵送した。
・平成7年3月14日、A弁護士は被上告人に対し、上告人らの遺留分を認めるか否かを照会する普通郵便を同日付で送付し、被上告人は、遅くとも同月一六日までにこれを受領した。
・この時点で、既に民法1042条「遺留分減殺の消滅時効期間」が経過していた。
※平成6年2月9日「Dの遺言執行者から公正証書遺言の写しを受け、減殺すべき遺贈があった事を知った日」から1年経過。
・本件は、普通郵便による申入れが遺留分減殺の意思表示を包含するか否かの争点に関するものである。


【判決】
遺留分減殺の意思表示を含むものとはいえないとした原審の判決を破棄差戻。


【判決趣旨】
前記一の事実関係によれば、Dはその全財産を相続人の一人である被上告人に遺贈したものであるところ、上告人らは、右遺贈の効力を争っておらず、また、本件普通郵便は、遺留分減殺に直接触れるところはないが、少なくとも、上告人らが、遺産分割協議をする意思に基づき、その申入れをする趣旨のものであることは明らかである。そうすると、特段の事情の認められない本件においては、本件普通郵便による上告人らの遺産分割協議の申入れには、遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。
※判決文抜粋


【理由】
遺産分割と遺留分減殺とは、その要件、効果を異にするから、遺産分割協議の申入れに、当然、遺留分減殺の意思表示が含まれているということはできない。しかし、被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合には、遺贈を受けなかった相続人が遺産の配分を求めるためには法律上、遺留分殺によるほかないのであるから、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。
※判決文抜粋


【ポイント】
※民法1042条
減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

※民法97条1項
隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。


【最後に】
本裁判は上告人と被上告人の金額内容(どちらがいくら支払うべきか)を求めた裁判ではなく、その金額を求めるために、どの範囲まで含んでよいかを求めた判決です。裁判には、単純に金額を求めるものだけではなく、対象範囲やそれが有効か無効かのみを求める訴えがあることを覚えておくと良いでしょう。本件のポイントは、普通郵便の遺産分割の了承でも遺留分減殺の意思表示と同等の効果を必ずえるものではない、という点です。あくまでも背景として、被上告人が遺産分割や遺留分減殺の申し出と認知しつつも、多忙を理由に受け取らなかった事由により、被上告人がそれを認知していた(遺留分減殺の意志が到達していた)という点、遺言書の内容により、本件財産は全て被上告人に遺贈されるものとなり、「遺産分割を了承=遺留分減殺も必然的に含まれる」、つまり総合的な状況から判断されています。

※参考
隔地者に対する意思表示は、相手方に到達することによってその効力を生ずるものであるところ(民法97条1項)、右にいう「到達」とは、意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領され、又は了知されることを要するものではなく、これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される(最高裁昭和33年(オ)第315号同36年4月20日第一小法廷判決・民集15巻4号774頁参照)。